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司法書士の未来はどっちだ

 

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先日、こんなニュースが目に入りました。
 
GVA TECH、法人登記書類を自動作成:日本経済新聞
 
弁護士の立ち上げたベンチャーであって、人工知能(AI)による契約書の分析サービスを展開する企業が、今度は商業登記に係る法定書類の自動作成サービスを始めました。情報を入力すると書類が作成され、それをもって本人申請させる仕組みです。まずは本店移転と募集株式発行を皮切りとしています。
 
私は、司法書士業務としてベンチャー企業の法務、商業登記に携わることが多いので二重の意味で気にかかりました。昨今、AIに司法書士業務は取って代わられるのかという議論がかまびすしいですが、本サービスはAI未満のテクノロジーで登記書類をアウトプットしている点には注目すべきでしょう。
 
司法書士御用達のソフトサービスに「権(ちから)」というものがありますが、その一部の機能がクラウド上にあってエンドユーザーでも使えるようになったものと言えば、同業者にはイメージが喚起されやすいでしょうか。
 
そのリリースの背景には、前年の平成30年に、 本店移転登記の書類生成サービスにつき、 個別具体的なアドバイスをしない限りは司法書士法に抵触せず実施可能と、法務省の見解が公表されたことに、大きく後ろ盾を得たのではないかと推測されます。
 
上記の法務省の見解はグレーゾーン解消という制度を通して公表されました。
 
グレーゾーン解消制度とは、産業競争力強化法で導入された、自社のサービスへの規制適用の有無を事業者が所管省庁へと確認できる仕組みで、新規事業の立ち上げを底上げさせるべく制定されたものです。この制度によって、IT活用の余地が大きい弁護士や弁理士、司法書士など士業が独占する法律関連分野の新サービスが隆盛するのではとも言われています。
 
士業独占に風穴?: 日本経済新聞 
もっとも、司法でなくあくまで行政判断であることに留意する必要はあるでしょう。
 
グレーゾーン解消制度の活用実績:経産省
「利用者が本店移転登記手続に必要な書類を生成できるWEBサイトを通じたサービス等の提供について」を参照
 
なお、上記の照会をかけた企業は冒頭のGVA TECHとは別のグラファーという企業です。グラファーが経産省に提出した照会書を確認すると、下記のように本店移転登記書類作成サービスの需要を見積もっています。
 
利用件数:80,800件/年
収入:8億800万円/年
費用:システム関係費用5,000万円(初期投資)、運転費用2億円/年
収益:5億5,800万円/年
 
※単価:当社(グラファー)インタビューをもとに、10,000円と仮定
※利用件数:法務省が公開している2016年の「会社及び登記の種類別会社の登記の件数」を元に、「登記事項の変更件数:808,267件(本店・支店の合計)のうち、10%が当サービスを利用するものと仮定」

  

司法書士の本店移転登記の報酬を仮に40,000円と考え、本店移転登記(株式会社)の件数はおよそ80万件/年、その半数が司法書士に代理されていると仮定すると、本店移転登記市場はざっと160億円と概算されます。
 
グラファーは、当該サービスのリリースでこの市場の1割である年間16億円分の案件を奪取できると企図しているわけです。
 
この16億円を司法書士人口の2万人で除すると8万円。つまり、司法書士一人一人の年間報酬が8万円減額されるくらいのインパクトを持つわけです。商業登記に携わる司法書士を全体の半数程度と見積もれば、一人当たりのしわよせの額はその倍の16万円ともなります。
 
もっとも、平成31年2月時点ではグラファーは本店移転登記の書類生成サービスをリリースしてはいません。しかし、 冒頭に触れたGVA TECHは本店移転登記の書類作成を「AI-CON登記」としてすでに稼働させており(単価5,000円)、他にも、サンプルテキストという会社が「リーガルスクリプト」(単価7,000、9,000円)との名称で同じく本店移転登記の書類作成サービスを展開しております。
 
 
 
 
なぜ、上記の企業が本店移転を手始めとしてサービスをリリースしているかについては、登記件数が役員変更の次に多いものであって、かつ、添付書類のバリエーションが少ないものであるからではないかと思われます。
 

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平成29年度 会社の登記の件数

 

類似サービスをリリースする企業は今後も勃興し、価格競争は激化していき、本店移転だけでなくその他の登記、特にもっとも件数の多い役員変更へもサービスが波及することは必至ではないかと、考えられるわけです。
 
上記の事例は、司法書士業務における商業登記にかかる影響というほんの一角の一事例であります。しかし、このように士業の独占業務とされていた牙城が崩れ、安価で使いやすいITサービスへと顧客が流れていく潮流は、他分野、他士業にも多かれ少なかれ共通しています。例えば、商標登録手続きの一部をITが支援する企業サービスが、弁理士法に抵触しないという特許庁の回答を得て本サービスがリリースされ、弁理士業務の一部は浸食され始めています。
 
グレーゾーン解消制度の活用実績:経産省
「商標登録出願書類等の利用者による作成の支援ソフトウェアの提供」を参照
 
こうした時運のなか、弁護士、会計士、税理士などの士業が、スタートアップを興す事例が散見されるようになりました。先に述べた通り、GVA TECHも弁護士が創業した企業です。 
 
司法書士として、司法書士法第3条第1項業務に腐心し邁進するのも一つの道ではありますが、それだけでなく、業界における手続きの不便さ、理不尽さや顧客の需要を汲み取り、起業家として資本を集めて事業を興していくことも視野に入れるべきときがきているのかもしれません。
 
しかし、長く経験を積めば積むほどに、えてして不便や理不尽な部分に慣れてきて、それでいて既得権益にすがろうとするのが人の性であります。ゆえに、司法書士の受験生である時分からそうした観点を持ちながら、合格した暁には勤務なり開業なりして初めて覚える違和感を大事に育んでいくことこそが、肝要ではないかと愚考するわけです。
 
次代の司法書士の未来を切り拓くのはあなたです。
  
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